川畠成道&マリボール歌劇場管弦楽団のコンサートを聴いて

 本日、川畠成道さんのコンサートを聴いて参りました。彼の技術の確かさと、多分それとは普通両立しないと思われる程のサービス精神にほとほと感じ入ってしまいました。今回はスロヴェニア国立マリボール歌劇場管弦楽団との共演でした。
 場所は、東京ドームすぐそばの文京シビックホールで、文京区役所や区民施設等が同居している文京シビックセンター内にある、1,802席もある大ホールです。文京シビックセンターは旧文京公会堂の跡地に1994年(平成6年)に複合施設として竣工したもので、当時はこれ程豪華な建物が必要かと区政批判の対象にもなりました。しかし、音響的にも確かな文京シビックホールで今回川畠さんのコンサートを聴いて、ここにこのホールがあって良かったなと思いました。建築物の評価は時代によって本当に変化します。
 さて、定刻の午後3時を5分程過ぎた時に楽団員が入場して参りました。私は1階席中央やや後ろの S席23列21番に陣取り、ホール全体が楽に見渡せる好位置で見守りました。1階席は9割方満席でしたので、2階席も合わせ千数百人以上は聴衆がいたものと思われます。プログラムは次のとおりでした。

メンデルスゾーン
 序曲「フィンガルの洞窟」 op.26
 ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64

ヴォルフ・フェラーリ
 歌劇「おろかな娘」序曲
 歌劇「4人のきむずかし屋」より 間奏曲
 歌劇「マドンナの宝石より 組曲――祭り/間奏曲/セレナータ/ナポリの踊り
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.26

 川畠さんは当然ながら二つのヴァイオリン協奏曲の時に出演しました。私はオペラには余り詳しくはないので、車の名のようなフェラーリという名の作曲家はよく知りませんでしたが、歌劇の間奏曲等を聴いていると「あっ何だこれも、あれも聴いたことがあるな」という感じでした。そういう意味でフェラーリのヴァイオリン協奏曲が日本初演だといういうのは、少し不思議な気がしました。
 この協奏曲にはエピソードがあるようです。コンサートのプログラムで解説を書いているオペラ評論家の永竹由幸さんによれば、ロマンスの薫りがするのだそうです。ドイツ人のフェラーリ第二次世界大戦を避けるためオーストリア・アルプスの山中に疎開したが、そこに敵国アメリカの天才少女ジューリア・バスタボが転がり込んできたというのです。バスタボはドイツ留学中に帰国できなくなったもので、約1年半二人で暮らす内にフェラーリは50歳も年下のバスタボに恋をしてしまったようで、この協奏曲は彼女のために作曲したものらしいのです。いくつになっても恋愛は創造・創作の原動力なのですね。

 川畠さんの真骨頂はプログラム上の曲をすべて演奏し終わってから発揮されました。演奏終了後聴衆の大喝采の中アンコール曲を始める訳ですが、それが何とサラサーテツィゴイネルワイゼンでした。普通ならコンサートのメイン・プログラムにもなりうる難曲ですが、彼はオーケストラをバックに見事に弾いてしまいました。そしてアンコールはこれでまだ終わらず、彼はもう1曲独奏で弾いてくれました。私は彼の演奏ではまだ聴いたことのない、不協和音の一杯詰まった現代音楽の難しそうな曲(他人のブログを拝見するとイザイの曲らしい)でした。
 アンコールでこんなことができるのは、目の障害のせいですべてを暗譜して完全に弾けるようにしなければならない川畠さんの置かれた境遇のせいですが、それだけに彼の精神力そして努力の結果得た技術の確かさが聴衆の心を強く打つのだと思います。前にも書きましたが、彼の存在そのものが我々の励みであり、日本の誇りでもあります。のみならず、彼は「社会派アーティスト」として、積極的に国内外で平和・弱者に光を当てるチャリティー・コンサート活動にも取り組んでおります。プログラムの紹介では、今や中学音楽鑑賞教材や高校英語教科書に彼の映像や文章が使用されており、その音楽性のみならず、人格面においても多方面に大きな影響を与えているとのことです。どうやら教育の場でもなくてはならない人になりつつあるようです。
 いつもはコンサート終了後すぐに帰途につくのですが、今回は深い感動を味わったために、会場で購入した川畠さんの8枚目のCD「美しき夕暮れ」を持って、いつの間にか女性の多いサイン会の行列に並んでおりました。CD上に彼がマジックでサインしてくれる時に、「今回も素晴らしい演奏でした。ありがとうございました」と声をかけ、握手をして参りました。さすがに商売道具の手はしっかりしていましたが、小柄で細い彼の体は心配でした。完璧な技術とあり余るサービス精神を持つ彼は、人から見えないところで大変な努力をしているのではないでしょうか。ツアースケジュールも今年はとても過密になってきているように思えます。是非とも心と体の健康には充分にお気を付けていただきたいものです。

  • 感動の 嵐をもたらす ヴァイオリン
  • これ程の 社会性が 音楽に