諏訪・高遠の旅#4(上諏訪#3 諏訪高島城)

諏訪高島城

 写真は諏訪高島城ですが、パンフレットの説明は次のとおりです。

 天正18年(1590)、当時の諏訪領主諏訪頼忠が徳川家康の関東転封に従って武蔵国へ移った後、豊臣秀吉の武将日根野織部正高吉(ひねのおりべのかみたかよし)が諏訪に転封、2万7千石を与えられ諏訪の領主となりました。高吉は安土城大阪城の築城にも携わった築城の名手。転封の翌年、天正19年(1591)には城地の見立てと設計を終え、翌文禄元年(1592)に着工、慶長3年(1598)まで7年ほどかかって高島城を築城。城の際まで諏訪湖の水が迫り、湖上に浮いて見えたことから別名「諏訪の浮城」と呼ばれ、また「諏訪の殿様よい城持ちゃるうしろ松山前は海)と歌われた名城です。その後、関が原の戦いで徳川軍に属した諏訪頼水(頼忠の子)は、慶長6年(1601)家康の恩恵によって旧領諏訪に帰り藩主となり、以降、10代藩主忠礼に至る270年の間、諏訪氏の居城としてその威容を誇りました。

  • 戦国の 技を伝える 高島城