日光山内の紅葉

日光輪王寺大猷院仁王門付近の紅葉

 やはり日光のハイライトは、世界遺産に登録されている、日光山内の二社一寺です。(社)日光観光協会オフィシャルサイトのパーフェクトガイドによれば、日光山内とは次のとおりです。

 日光山内という地名は、日光東照宮、日光山輪王寺(りんのうじ)、二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)、輪王寺大猷院(たいゆういん)のある一帯をさす。日光市街とは大谷川(だいやがわ)が境となり、市街から日光橋(または徒歩で神橋)を渡ると日光山内に入る。
 2つの神社(日光東照宮日光二荒山神社)と1つの寺(大猷院を含めた日光山輪王寺)を、一般に二社一寺と呼び、二社一寺共通の拝観券もある。
 日光の歴史は勝道上人(しょうどうしょうにん)から始まる。開祖である勝道上人は、下野国芳賀郡(しもつけのくにはがぐん)(現在の栃木県真岡(もおか)市南高岡)の人で、735年(天平7年)に生まれた。7歳のある夜、明星天子(みょうじょうてんし)が夢に現れ、「仏の道を学び、日光山を開け」と告げたという。お告げに導かれ、勝道上人と10人の弟子は766年(天平神護2年)に大谷川を渡り、782年(天応2年)に二荒山(男体山)山頂を極め日光を開いた。

 二社一寺を巡る日光山内の歩きは、日光山輪王寺日光東照宮二荒山神社輪王寺大猷院と回るのが正式順路のようです。ご存知のとおり、日光山輪王寺天台宗三本山の一つ)と二荒山神社は勝道上人が創建したものです。しかし、日光東照宮は、死後朝廷から東照大権現という神号を贈られた徳川家康を神として祀る霊廟(神社)です。また、輪王寺大猷院は徳川幕府3代将軍・徳川家光が眠る霊廟(寺院)で、大猷院とは死後家光が朝廷から賜った法号の頭文字を組み合せたものとのことです。
 写真は、日光山内の一番奥ですが、二荒山神社大鳥居すぐ横の輪王寺大猷院仁王門付近の実に見事な紅黄葉です。

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